な ないてもダメ
シュナイダーがサッカーの練習を終えて帰宅した時、妹のマリーは居間で熱心に何かを読んでいた。シュナイダーが帰ってきたのにも気付かないくらい、没頭しているようだ。特に読書好きでもない妹が何を読んでいるのか気になって、シュナイダーは声を掛けた。「マリー、何読んでるんだ?」 声に驚き顔を上げたマリーは、兄の姿を見るなり手にしていた雑誌をパッと閉じた。そしてそれを素早く自分の背中に回して隠すと、ソファから立ち上がりパタパタと自分の部屋の方へ駆け出した。 裏表のない朗らかな性格のマリーらしくない、不審極まる態度だった。シュナイダーはすぐに後を追い、妹の腕を取った。 「待ちなさい。何を見ていたんだ? 人前で隠さないといけないような物か?」 「だって~! 借りる時に、男の子には絶対見せちゃダメ、って言われてるんだもん」 「俺は兄貴だぞ。兄弟は『男の子』に入らないから、見せてみろ」 マリーはしぶしぶ隠していた雑誌をシュナイダーに見せた。何かと思えば、それは女の子向けのファッション誌だった。対象年齢からするとマリーが読むにはまだ早いような気がするが、別に異性の目を憚るような如何わしいような部分は何もない。 マリーに雑誌を貸した相手は、何故この雑誌を男に見せるなと言ったのだろうか? 不思議に思いながら中をパラパラめくると、何度も開かれて癖がついてしまったらしいページがパッと開いた。 『特集! 片想いに悩むすべての女のコへ!』 『気になる男のコとカップルになれる、女のコだけの裏技!! 』 「・・・マリー、好きな男の子がいるのか?」 幼いと思っていた妹もそんな年になったかと思いつつ、シュナイダーが尋ねた。 「まだいないけど、でも好きな子ができたら、絶対その子と両想いになりたいもん。だから今から勉強しておくの!」 「学校の勉強より熱心だな」 シュナイダーは笑いながら特集記事に目を落とした。『まずは自分を磨いてキレイになり、男の子から注目される事』とか、『自分にしかない個性的な魅力を徹底的にアピール!』とか、どこが裏技なんだと言いたくなるような当たり前の事が大袈裟に書き連ねてある。 こんな内容でもマリーの年頃の女の子たちには、男の子に知られたくない重要な情報なのだろう。片想い歴が長く、恋の成就が一筋縄ではいかない事を痛感しているシュナイダーは、記事の内容に苦笑を漏らす。 シュナイダーは更にページをめくる。そこにある一文がシュナイダーの目を引いた。 『時には弱い自分も見せること。強過ぎる女のコは男のコから敬遠されちゃいます。好きなコの前で涙を見せるのは、全然恥ずかしい事じゃないよ!』 この記事には、涙を浮かべた美少女を後ろから護るように優しく抱しめる少年のイラストが添えられていた。シュナイダーは考える。 これは俺と若林のケースに適用できるのではないだろうか? 「お兄ちゃ~ん。もういいでしょ? 本返してよ~」 何事かを考えこんでいたシュナイダーは、慌てて手にしていた雑誌をマリーに返した。マリーは雑誌を受け取ると、自分の部屋へと引き上げる。 マリーがいなくなっても、シュナイダーはその場に突っ立ったままだった。シュナイダーの頭の中は、自分の思いつきで一杯だった。 「決めた! 若林の涙を俺が優しく受け止めてやる!」 「決めた! 俺の涙で若林を口説き落とす!」 |