「じゃ、お前の部屋で一眠りするか」
「おう、そうしろそうしろ」
若林は石崎の厚意に甘える事にして、彼の泊まっている部屋に入れて貰った。選手用に取ってある部屋は全てツインルームなので、石崎の部屋にも誰か同室者がいる筈なのだが、二人が部屋に入った時部屋は無人だった。石崎のルームメートが誰なのか知らないが、若林たち同様に飲みに出掛けてまだ戻ってきていないのだろう。
「若林ー、水でも飲むかぁ?」
「ああ、頼む」
石崎にそう答えると、若林は並べて置かれたシングルベッドのひとつに近付き、早速そこに横たわった。外にいる時は酔いながらも気が張っていたのだが、居心地のいいホテルのベッドに寝そべった途端、緊張が解けてしまったようだ。瞼が急速に重たくなってきて、猛烈な睡魔が襲ってきた。若林はあっという間に眠りに落ちてしまった。
「おーい、水はいらねーのかぁ?」
耳元で怒鳴られて、若林はハッと目を開いて飛び起きた。シュナイダーとの約束を思い出し、慌てて石崎に尋ねる。
「おい、俺は何時間寝ていた!?」
「はぁ? まだ5分も寝てねーよ」
そう言って笑いながら石崎が差し出したコップを、若林は礼を言って受け取った。冷たい水を口に含むと、少し眠気が遠ざかった。
「若林、この後って家に帰るだけだろ? そうバタバタしねーで、ゆっくりしてけよ」
「ああ、ありがとう」
若林が素直に礼を言って石崎に微笑みかけると、石崎が照れを隠すように大声でまぜっかえした。
「但し!そのまま朝までは眠り込むなよ。お前の分までベッドはねーんだから」
石崎の言葉に、若林は大きく頷く。同室者が帰ってきたら当然ここで眠るわけだから、若林がベッドを占領していたら寝場所が足りなくなってしまう。それに、ここで休憩した後はシュナイダーの家に行く予定なので、若林にしても朝まで眠り込むわけにはいかないのだ。
「大丈夫。ちょっと仮眠したら、すぐに帰るから安心しろ」
「おう。んじゃ、俺はもうちっと起きてるから、俺が寝るときに若林を起こしてやるよ」
そしてニヤニヤ笑いながら、こう付け足した。
「もし俺が起こしても起きなかったら、床に放り出すからな! 覚悟しとけ!」
「俺はそんな寝呆助じゃねぇよ」
石崎に言い返すと、若林はベッドに寝直した。すると5分も経たないうちに気持ちよさそうな鼾が聞こえてきて、傍にいた石崎は思わず吹きだした。
その後石崎は暫く起きているつもりだったのだが、話相手が眠ってしまい一人になると急に退屈してしまった。テレビをつけたり、持ってきた雑誌を広げてみたりしてみるが、どうにも手持ち無沙汰だ。かといって一旦部屋に戻ってしまうと、もう一度出掛けるのも面倒で、石崎は自分もそろそろ眠ろうかと考えた。
石崎はベッドに近付くと、若林に呼びかける。
「おーい、若林。俺もそろそろ寝るから、そこどいてくれよ」
しかしぐっすり寝入っている若林は、石崎の声に何の反応も示さなかった。