「それじゃ・・・ワインを貰おうかな」
若林の言葉にシュナイダーは笑顔で頷き、ソファから立ち上がった。キッチンからワインボトルとグラスを二個持ってくると、シュナイダーは若林の前でうやうやしい仕草でワインを注いでくれた。淡い色の液体に満たされたグラスを若林に手渡しながら、シュナイダーは自らもグラスを手にする。
「若林の口に合うといいんだけど・・・甘いのが好きなんだよな?」
「ああ」
若林はグラスを顔に近付けて、匂いを嗅いでみた。蜂蜜か、熟しきった果実を連想させるような甘い香りがした。
「いい香りだ。シュナイダーのチョイスは安心できるよ」
若林がワインを気に入ってくれたらしいので、シュナイダーも嬉しそうだ。
「それじゃ・・・若林の誕生日と、今日この日を二人で祝える幸せに・・・」
「乾杯」
グラスを軽く掲げてから、若林はワインに口をつけた。口の中に予想通りの甘味と、そして僅かな苦味が広がった。両者の絶妙なバランスが風味のあるまろやかな味わいを際立たせており、若林の味覚を喜ばせた。若林はそのままグラスを傾け、ワインを飲み干した。
「ふぅ〜・・・美味しいなぁ」
「おいおい、若林。大丈夫か?」
若林の飲みっぷりの良さに、シュナイダーが目を丸くする。若林は大して酒に強くないし、今日は飲み会の帰りでもある事し、まさかグラスを空にするとは思っていなかったのだ。
「無理しなくても、口をつけるだけで良かったのに」
「・・・無理なんてしてないさ。美味しくて、飲みやすくて・・・さすが、シュナイダーはいい酒を選んでくれるぜ」
機嫌よく笑いながら、若林はボトルに手を伸ばし、自分のグラスに二杯目を注ぎ始める。
「シュナイダーも、もっと飲めよ。俺の祝杯なんだろう?」
「ああ、判ってる」
楽しそうな若林につられるように、シュナイダーもグラスを空けた。何しろ舌触りが良く飲みやすいので、ついついピッチが上がってしまう。
「うーん、本当に旨いな。これを最初に開けて良かった」
シュナイダーの言葉を、若林が聞き咎めた。
「最初に・・・って事は、他にもあるのか?」
「ああ。若林に喜んで貰えそうなワイン、これ以外にも何本か用意してあるんだ。持ってこようか?」
「本当に!? すごいな、全部見せてくれよ〜!」
ワインのせいかテンションの上がった若林が、シュナイダーを急かした。キッチンに姿を消したシュナイダーは、すぐに酒瓶が大量に載ったワゴンを押しながら戻ってきた。せいぜい二、三本かと思いきや、店でも開けそうな量のワインに若林は歓声を上げる。
「すげぇ〜・・・! これ、全部、おれのために・・・?」
「ああ。何たって、今日は若林のお祝いだからな」
物珍しげにワインボトルを手に取り、酔っ払ってとろんとした目でラベルを見比べている若林に、シュナイダーが声を掛ける。
「さて、次はどれを開ける?」
「・・・これだ!!」
若林は手にしていたデザートワインの瓶を、ニコニコとシュナイダーに向けて差し出した。
ベッドの上で頭を抱えて唸っていた若林は、額に冷たいタオルを置かれたのに気付き、うっすら目を開いた。シュナイダーが心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのに気付き、若林は尋ねる。
「シュナイダー・・・おれは・・・?」
「安心しろ、ただの宿酔いだ」
そして、シュナイダーは申し訳無さそうに言った。
「昨日は済まなかった。若林が楽しそうに飲むもんで、俺もつい止めるのを忘れて一緒になって酒を・・・」
シュナイダーの説明によると、ワインの口当たりが良かったせいか、昨夜は二人とも飲み過ぎてしまったらしい。調子に乗ってワインを次々に開けては、騒ぎながら浴びるように飲み続けた。しかし楽しかったのは最初のうちだけで、元々酒に強くなかった若林は気がつけば床にバッタリ倒れて、完全に酔い潰れていたのだった。
「・・・そうか。シュナイダーには、めいわく、かけたな・・・」
そう言って若林は身体を起こそうとするが、強烈な頭痛に襲われてしまい結局枕に頭を埋めた。シュナイダーが気遣うように、若林の顔を優しく撫ぜた。
「無理するな。丸一日起きられなかったんだぞ。楽になるまで、そのままでいろ」
「・・・丸一日!?」
「ああ」
シュナイダーの話を聞き、若林は気落ちする。調子に乗って酒を要求した自分が悪いとはいえ、飲み比べで恋人と過ごす誕生日の夜を終わらせてしまったのかと思うと、バカらしいやら後悔するやらで情けなくなってくる。しかも、未だに酒が残っていて、寝そべっているのに頭の芯がジンジンと痛む。
(何てこった・・・最初の乾杯で、止めておけばよかった・・・)