若林は気力を振り絞って眠気を振り払い、椅子からずり落ちかけていた身体を起こした。
そして岬に向き直ると、自分の意識をハッキリさせる意味合いもあって、少し大きな声で言った。
「ごめん、岬。眠くなってきたから、俺はもう帰るよ」
「えっ、もう?」
岬は残念そうに言ったが、若林が最前から眠たげだった事には気付いていたらしく、しつこく引き止める事はしなかった。若林が椅子から立ち上がった時にちょっとよろけたのを見て、岬は心配そうに声を掛ける。
「若林くん、大丈夫? 僕、途中まで送るよ」
自分に手を貸そうとする岬を制して、若林は一人で戸口に向かう。
「平気、平気。一人で帰れるよ」
「そう? だったらいいけど、帰り道気をつけてね」
「ああ、ありがとう。じゃあな」
岬に向かって片手を挙げ挨拶をすると、若林は岬の部屋を出た。ところが、エレベーターを目指して廊下を歩き出していた若林の足が途中で止まった。
足を止めたのは、翼が泊まっている部屋の前だった。
(最後に、翼にも挨拶していくか・・・)
若林がドアをノックすると、すぐに翼が顔を見せた。翼は若林を見て、嬉しそうに声を上げる。
「若林くん!?」
「よう。帰る前に、翼の顔を見ておきたくてな」
若林の言葉に、翼はますます顔を綻ばせる。
「若林くん、来てくれて丁度よかった。俺、一人で退屈してたんだ。ゆっくりしていってよ」
「そうだったのか。それじゃ、少しだけ・・・」
若林は翼に誘われるままに、彼の部屋に足を踏み入れた。