「そうですね。俺はもう帰って寝ます」
眠気を振り払うようにちょっと大きな声で言うと、若林は椅子から立ち上がった。とたんにぐらりと身体が傾いて、後ろに倒れそうになり、足を踏ん張って辛うじて踏みとどまる。危なっかしい様子の若林を見て、見上が心配そうに声を掛けた。
 「おいおい、大丈夫なのか? 酔いが醒めるまで、少し休んでいったらどうだ」
 「だ、大丈夫・・・です」
そう言ってヨロヨロと千鳥足で出口に向かおうとする若林を、見上は後ろから肩を掴んで引き止めた。
 「どこが大丈夫だ。そんな状態で家まで帰れるものか。遠慮しないで、休んでいけ」
 「で、でも、そのまま朝まで寝込んでしまいそうで・・・」
 「ああ、それでも構わんぞ。どうせなら、泊まっていったらどうだ」
 フロントに言って簡易ベッドを運んで貰い、追加の宿泊料を払えば良かろうと見上が言うと、若林はとんでもないと首を横に振った。
 「そんな迷惑は掛けられません。俺は帰ります」
口ではそう言ったが、若林が気にしているのは勿論シュナイダーの事だった。酔いと眠気で頭は朦朧としているが、シュナイダーと交わした約束は覚えている。万が一眠り込んでシュナイダーの家に行きそびれては大変と、若林は不安気に顔を曇らせる。
 意固地に帰りたがる若林を見て、見上は折衷案を持ち出した。
 「判った判った。それなら、ここで30分だけ仮眠して行け。少しの時間でもぐっすり眠れば、いくらかは酔いが醒めるだろう」
 「30分経ったら、起こしてくれるんですか」
 「ああ。間違いなく叩き起こしてやるから、安心して寝てろ」
それならばと若林は見上の厚意に甘える事にした。実際のところ口では強がって見せたものの、立っているのも億劫だったのだ。若林は何度も見上に頭を下げながら、ベッドを借りて横たわった。そして目を閉じると5分も経たないうちに、すっかり眠り込んでしまったのだった。
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