ベッドの中で心地良く寝入っていた若林は、誰かの手が自分の肩に触れるのを感じた。そのまま身体を揺さぶられ、夢の世界を彷徨っていた若林の意識は少しずつ現実へと引き戻されていく。
 (何だよ・・・人が気持ちよく寝てたのに・・・)
一人暮らしの自分を起こしてくれる相手といえば、ベッドを共にする仲のあいつしかいない。
 (シュナイダー・・・)
仰向けに寝そべっていた若林は、目を閉じたままで両手を差し伸べて、自分を起こそうとしている相手を捜し求めた。すぐに相手の腕と肩が指先に触れたので、若林はそのまま相手の身体を自分の方へと引き寄せる。バランスを崩して自分の上に倒れこんできた相手の体重を全身で受け止めると、若林は楽しそうに囁きかけた。
 「今日はキスで起こしてくれないのか?」
そっちがしてくれないなら、たまにはこちらからしてやろう。若林は両手で相手の顔を引き寄せると、チュッと音をたてて軽いキスをした。しかし唇を重ねた瞬間、若林は違和感を覚えた。
 顔を近づけた時に、目の辺りに硬いものがぶつかったのだ。
 (なんだ、これ・・・? 眼鏡のフレーム?)
シュナイダーは眼鏡を掛けていない。サングラスは持っているが、外出時にしか使わない。ベッドで寝ている自分を起こす時に、わざわざサングラスを掛けている筈はないのだが。
 それに若林にはもうひとつ気になる事があった。唇を合わせたときに鼻をくすぐったこの臭いは・・・
 (煙草の臭い・・・見上さんがいつも吸ってる・・・!)
 夢うつつだった若林の意識は一瞬で覚醒した。
 ギョッとして目を開けると、果たして自分が腕に抱いている男は恋人のシュナイダーではなく、驚愕の表情で固まっている見上辰夫その人だった。
 「うわっ! み、み、み、みかみさんっ!?」
若林は慌てて手を離すと、ベッドから飛び起きた。見上の方も金縛りが解けたかのように、あたふたとベッドから起き上がる。しかつめらしく唇を拭っている見上に、若林は自分がしてしまった事を思い出して目の前が暗くなる。
 (お、俺は、よりによって、見上さんにキスを・・・!!)
何かフォローをしなければと思いつつ、混乱した頭には上手い言い訳など思いつく筈もなく、若林は見上の顔をまともに見る事も出来ずに顔を赤くして俯いた。恥ずかしさで黙りこくってしまった若林を見かねたのか、見上の方から若林に話し掛けてくれた。
 「さ、30分経ったから起こしにきたんだ。そういう約束だっただろうが」
 「あ、そう、そうでした! ありがとうございます、見上さん!」
若林はベッドを降りると、見上に向かってペコリと頭を下げると、そのまま部屋から逃げるように飛び出した。

 息せき切って家に飛び込んで来た若林を見て、シュナイダーは目を丸くした。
 「どうしたんだ、若林。そんなに慌てて」
 「あ、いや、その・・・早くお前に会いたくて・・・」
見上とキスしてしまった気まずさから逃れたい一心で急いでいた、とは流石に言いかねた。しかしシュナイダーは若林の言葉を素直に受け取り、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 「そうか。俺も早く会いたかったよ」
シュナイダーは若林の顎に指を掛け、自分の方を向かせるとそっと唇を重ねた。恋人からの優しいキスを受けているうちに、パニック状態だった若林もようやく気持ちが落ち着いてきた。シュナイダーが唇を離したとき、若林はシュナイダーの肩に頭をもたせかけ、しみじみと幸せを噛み締めながらポツリと本音を漏らした。
 「やっぱり、シュナイダーとのキスは最高だ。煙草の臭いもないし・・・」
 「なに!?」
シュナイダーは、若林の言葉に顔色を変えた。
 「おい、今なんて言った? お前、他の男と・・・煙草を吸ってる男とキスしたのか!?」
口を滑らせてしまった事に気付き、若林は焦る。
 「違うって! 一般論だよ。煙草の臭いがしたり、直前に食べた物の臭いがしたり、そういうキスは嫌だろう?」
 「誤魔化すな!」
シュナイダーは眉を吊り上げ、若林の顔を睨みつける。
 「誕生日だから好きな事をすればいいとは言ったが・・・まさか、俺に会う前に浮気をしてくるとは思わなかったぞ!」
 「おいっ! それは誤解だって!!」
若林は必死になって、身の潔白を訴えた。だがシュナイダーは若林の言葉に耳を貸そうとせず、終いには若林を家から閉め出してしまった。寒空の下に放り出され、若林はガックリと肩を落とす。
 「今は何を言っても無駄か・・・また明日にでも、こっちから連絡して謝るしかないな」
 浮気をした訳ではないが、疑われるような事をしてしまったのは確かに自分が悪い。自業自得だと溜息をつくと、若林はシュナイダーの家に背を向けて、自宅へと帰るのだった。
バッドエンド6
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