「そうですね。俺はもう駄目です」
そう言う若林の様子を見れば、すっかり酔いが廻ってしまい、身体を支えるのもままならず上半身がぐらぐらと揺れている。顔はもとより首筋や手指など、服に隠れていない肌はどこを見ても真っ赤で、恐らくは全身が紅く染まっているのではないかと推察された。伏目がちになった目も焦点が定まっていない感じで、眠気を振り払おうとしているのか何度も手でこすっている。
 「駄目だ・・・眠い・・・」
若林はそう言うと、ふらふらと椅子から立ち上がり部屋の隅のソファにバッタリと倒れこんだ。慌てて見上がソファに近付いてみると、既に高鼾で眠り込んでいる。名前を呼んでも顔を叩いても、一向に起きる気配が無い。
 「参ったな。仕方ない、今日はこの部屋に泊めてやるか」
見上は肩をすくめるとフロントに電話を掛け、急遽宿泊人数が一人増えた事を伝えた。そして部屋に簡易ベッドを運んで貰うと、ベッドを持ってきてくれた男性従業員に手伝って貰って、若林の身体をソファから簡易ベッドに移した。
 従業員が部屋を出て行くと、見上は若林の服を脱がせて下着だけの楽な格好にしてやった。それから毛布と布団をしっかり被せてやる。見上に世話を焼いてもらってる間、若林はぐぅぐぅと眠りこけており、途中で目覚める気配は微塵も無かった。
 「やれやれ、酒を持ってきてくれた時は、源三も大人になったもんだと思ったが・・・」
こうして無邪気に眠り込んでる姿は、子供時代と全く変わらない。こんな若林の失態を見ても、見上には呆れるより微笑ましく思う気持ちの方が強かった。
 「源三と同じ部屋で寝るのも久し振りだな」
若林を連れてドイツで暮らし始めたばかりの当時の事などを懐かしく思い出しながら、見上は部屋の明かりを消すと、自分も備え付けのベッドに潜り込んだ。

 簡易ベッドに寝かされた若林は、夢を見ていた。
 若林は正体なく酔っ払っていたが、シュナイダーとの約束を忘れた訳ではなかった。今夜はシュナイダーの家に行かなければ、という思いはずっと心に引っ掛かっていたのだ。その思いが強かったので夢の中での若林は、ちゃんと約束通りシュナイダーの家に出向き、恋人と楽しい夜を過ごしていた。
 『若林、愛してる』
シュナイダーに優しく肩を抱かれ、甘いキスをされ、若林は身体が蕩けそうになる。自分も腕を伸ばしてシュナイダーを抱き締めようとするが、何故かシュナイダーは急に身体を離してしまった。
 「・・・シュナイダー?」
酔いの残った夢うつつの状態で、若林は目を開いた。暗闇の中で、恋人のぬくもりを探してベッドをまさぐるが、ベッドに寝ているのは自分だけだった。
 (なんだ、あいつ・・・一体どこへ・・・)
愛しい男の姿を求めて、若林はベッドから身体を起こすと寝ぼけ眼で辺りを見回す。そしてすぐに、傍らにあるもうひとつのベッドの上から、規則正しい寝息が聞こえてくるのに気付いた。
 (何だよ。わざわざ別のベッドで寝るなんて・・・)
酔っ払いの悲しさで、何故ベッドが2台あるのかとか、そもそも部屋の間取りがいつもの寝室と違うとか、そういう肝心な事には注意が向かない。さっきまで見ていた夢の続きで、シュナイダーが自分を避けて一人で眠っているように思えて、若林は寂しくてならなかった。
 若林は簡易ベッドから抜け出し、もうひとつのベッドの方へと近付く。枕に顔を埋めるようにして、布団をすっぽり被り 寝息をたてている寝姿が、とことん自分を拒絶しているようで切ない。自分をほったらかしにして眠っている相手を腹立たしく思う気持ちと、冷たくされてもなお相手を愛しく想う気持ちがせめぎ合っており、若林は堪らなくシュナイダーが欲しくなっていた。
 シュナイダーに俺を抱く気が無いのなら、俺がその気にさせてやる。
普段の若林ならば決して考えないような、大胆な発想が湧き上がってきた。ベッドに上がり込んだ若林は裾の方から布団に潜り込み、手探りで相手の下着をずり下ろす。そうやって陰部を露出させると、躊躇う事無く手の中の柔らかな肉棒に舌を這わせ始めた。
 棹の部分から先端へ向かって、ぺちゃぺちゃと音をたてながらしゃぶる。すぐに固くなるかと思いきや、なかなか勃起しなくて若林は意外に思った。日頃の精力的なシュナイダーには似合わぬ反応だ。
 (何だよ・・・俺が下手だから勃たないってのか?)
しかし、半ば意地になってフェラチオを続けていると、力なく項垂れていたペニスが徐々に固くなってきた。それに合わせる ように、規則正しかった寝息がハァハァと乱れてきて、自分の舌技で相手が興奮しているのが判り若林は満足する。
 若林はフェラチオをするだけでなく、自分も下着を下ろして自慰を始めていた。自らの指をアナルに挿入し、じわじわと刺激を与えていく。口の中の男根が固さを増すにつれ、それを我が身に受け入れる時の快感が連想され、若林は欲情した。
 (早く・・・欲しい・・・!)
 若林の奉仕の甲斐あって、口に含んでいたペニスが完全に勃起した。その頃には自分で慣らしていた若林も、すっかり準備が整っていた。若林は邪魔な布団を捲り上げると、男の上に跨って屹立したペニスの上に入り口をあてがい、ゆっくりと腰を沈め始めた。
 「あっ、あぁ・・・っ」
熱い肉を自ら受け入れながら、若林は喘ぐ。酔いが残っているからか、自分を貫く塊の感触がいつもとは違う感じに思えた。このような感覚は初めてで、若林は新しい快楽に夢中になって腰を揺する。積極的な若林の様子に、寝ていた相手も漸くその気になったらしく、下からずんずんと突き上げてきた。深い刺激に若林は大きく仰け反った。
 「いいっ、あっ、あぁ・・・ん」
若林の咽喉からは、絶えることなく甘い声が漏れている。感じるままに声を上げる事で、更に快感を得ているのだ。若林とは対照的に、相手はセックスの間中ずっと声を押し殺していたが、若林が柔らかく締め上げた瞬間、遂に声を上げた。

 「うっ、うぅ・・・源三・・・!」

 (・・・・・・・・・・・・・・・えっ!?)
聞き慣れた声、とても親しい相手の声、しかしそれは恋人であるシュナイダーの声ではなかった。混乱しつつも、昂ぶった身体を鎮める事は出来なくて、若林は男を呑み込んだまま腰を揺する。
 「あっ、み、みかみさんっ・・・?」
 「うぅっ、源三・・・源三・・・」
間違いない。自分が今セックスしている相手は、シュナイダーじゃない。
 (俺、俺は・・・何て事を・・・でも、でも・・・)
見上のペニスを根元まで咥え込み、更なる刺激を求める身体はもう理性では止められなかった。こんな事はしてはいけない、すぐに止めなければと思うのに、若林は見上自身を締め上げながら一層激しく悶えた。
 「ごめんっ、見上さん・・・俺・・・あ・・・気持ちいいっ・・・」
 「だ、駄目だっ、俺は・・・もう・・・」
見上が呻いた直後、若林は身体の中にじわりと熱いものが広がるのを感じた。
 (見上さんが・・・俺の中で・・・)
そう思った瞬間、見上を呑み込んだままで若林も達してしまった。

 行為が終わり、快楽の余韻が醒めてくるのと同時に、若林は猛烈な罪悪感に襲われた。すぐさまベッドを下り、床に手をついて見上に頭を下げた。
 「見上さん、済みません・・・俺は、とんでもない事を・・・!」
そして若林は、自分の性癖やシュナイダーと付き合ってる事などを正直に打ち明けた。その上で、酔っていたせいで相手を間違えてしまった事を説明し、本当に申し訳ないと頭を床に擦りつけて何度も詫びた。
 見上は自分が手塩に掛けて育ててきた愛弟子の、知られざる一面にショックを隠せない様子だった。何より、極めて健全な性生活を送ってきた見上にとっては、男の教え子に寝込みを襲われるなどという椿事は到底理解し難い事だ。しかし萎れきって詫びの言葉を言い続けている若林を見ているうちに、見上は少しずつ日頃の落ち着きを取り戻していた。
 見上は若林の肩に手を置くと、若林に優しい声で語り掛けた。
 「今日の事は、事故みたいなものだ。気にすることはない。お互い忘れてしまえばいい」
 「見上さん・・・」
 「それから・・・今日は妙な事になってしまったが、俺は源三に対しておかしな偏見を抱くような事は一切無い。だから源三も、今まで通り俺に接してくれ。いいな?」
 「はい・・・ありがとうございます、見上さん」
気まずい思いを抱えながらも、どうにか和解出来た時には、既に朝日が窓から差し込んでくるような時間になっていた。若林は見上に深々と頭を下げると、突拍子も無い思い出が出来てしまったホテルを後にした。
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