若林は苦い思いを抱えて、シュナイダーの家の前に立っていた。ドアチャイムを鳴らす事も、持っている合鍵で中に入る事も出来ずに、ただドアの外で立ち尽くすばかりだった。
 今夜中に必ず会いに行くから、と約束していたのに、今は翌日の朝。だが約束をすっぽかした事だけが、若林の負い目ではなかった。
 自分は昨夜、シュナイダー以外の男とセックスしてしまったのだ。誕生日の夜は、恋人であるシュナイダーに抱かれて、互いの愛の深さを確かめ合う筈だったのに。
 (どんな顔して、シュナイダーに会えばいいんだよ・・・)
だが、いつまでもここに突っ立っていても仕方が無い。若林は意を決して、ドアチャイムを鳴らした。鳴らしてしまってから、今がまだ早朝と言っていい時間である事に気付く。シュナイダーはまだ寝ているかもしれない。だが、若林がポケットから合鍵を取り出す前に、ドアが開かれシュナイダーが姿を見せた。
 寝巻き姿ではなく、ちゃんと服を着ている。だがその顔色は優れず、目の下に隈が目立った。
 「あ・・・」
夜通し起きて俺が来るのを待っていたのか。若林の胸に淀んでいた罪悪感が一層重くなった。
 しかしシュナイダーの方は、目の前に佇む若林を見て、不機嫌そうな表情だったのが見る見るうちに明るさを取り戻す。
 「若林! よく来たな。早く上がれよ」
 「あ、うん」
愛想よく迎えられ、重苦しい気持ちを押し隠しながら若林は家に入った。通された居間には二人分のワイングラスと、プレゼントの包みが置かれていた。この部屋でシュナイダーが一晩中自分を待っていたのかと思うと、若林は胸が締め付けられる思いだった。
 若林を二人掛けのソファに座らせると、シュナイダーはその隣に寄り添うように腰を下ろす。それからテーブルの上の空のグラスを手に取り、弄びながら機嫌よく言った。
 「お前が飲んでくるってのは判ってたけど、やっぱり祝杯はあげたいと思ってね。ワインを買っておいたんだ。でも、こんな時間だから乾杯は後の方がいいよな」
 「シュナイダー・・・」
 「まぁ、プレゼントを開けてみてくれよ。若林が気に入るといいけど・・・」
 「シュナイダー、俺は・・・」
何か言いたげな若林を制して、シュナイダーは笑顔を向ける。
 「気にするな。日本の仲間と飲んでるのが楽しくて、時間を忘れちゃったんだろう?」
シュナイダーは暗い顔つきの若林を安心させるように、そっと彼の肩に腕を回して優しく抱き寄せる。
 「俺は怒ってないよ。そうなるかもしれない、って予想していたからか、本当に腹は立たないんだ。若林が楽しくやってるんなら、それが一番だしな・・・むしろ、若林が朝一番にここに来てくれて、そっちの方が嬉しいよ」
 そしてシュナイダーは俯きがちな若林の顔を自分の方へ向けさせると、ソフトなキスを何度も落とす。若林がされるがままにしていると、口づけは徐々に深くなり、シュナイダーの手は若林の服の下へと這いこんでいた。シュナイダーが自分の身体を求めているのが判り、若林は動揺する。
 (・・・どうしよう。昨日、他の相手と寝たばっかりなのに、そのすぐ後でシュナイダーとするなんて・・・!)
 咄嗟に若林は、シュナイダーの身体を突き飛ばすようにして押しのけた。予想外の激しい拒絶に、シュナイダーは驚く。
 「・・・若林?」
 「あ・・・その、悪いけど、今は疲れてるから・・・また今度にしてくれないか」
若林はそう言うと、シュナイダーの視線から逃れるように俯いた。そんな若林を見て、シュナイダーは静かに尋ねる。
 「・・・若林、昨日何かあったのか?」
若林は返事に詰まった。暫しの沈黙の後、若林はおずおずと答えた。
 「別に、何も。皆と飲んでただけだ」
 「一晩中、皆と飲んでたわけじゃないだろう」
シュナイダーの声は、さっきまでの暖かい響きを失っていた。美声なだけに、きつく問い詰めるような語調になると、聞く者の胸を深く刺す。それが疚しい事を抱えている身ならば、尚更だ。
 「朝まで一緒にいたのは、誰なんだ!?」
若林には、これ以上真実を隠し通す事は出来なかった。若林は昨夜の飲み会の後に起きた出来事を、包み隠さずシュナイダーに打ち明けた。
 若林の長い告白が終わっても、シュナイダーは何も言わなかった。若林も弁明めいた事は何も語らず、二人の間には、重苦しい沈黙が流れた。
 先に口を開いたのは、シュナイダーだった。
 「・・・若林。済まないが、俺の家から出て行ってくれないか」
腕組みをし、若林の姿を見るのを避けるかのように視線を床へ這わせながら、シュナイダーは言った。
 「誤魔化そうとせずに、全てを正直に打ち明けてくれた事には感謝している。だが・・・俺はそんな話は聞きたくなかった。お前が、いくら酔っていたとはいえ、俺との約束を放り出して他の奴と・・・」
 「シュナイダー、俺は・・・!」
 「頼む。俺の前から消えてくれ。俺は一人になりたいんだ!」
最早若林には、シュナイダーに対して掛ける言葉が見つからなかった。無言でソファから立ち上がると、そのまま後を振り返ることなく、シュナイダーの家から立ち去った。
 (・・・・・・俺、最低だ・・・・・・)
誰よりも自分の事を深く愛してくれている相手を、一番酷い形で裏切り、傷つけてしまった。シュナイダーが自分に愛を囁く事は、この先二度とないだろう。若林は己の軽率さを呪い、失ったものの大きさに打ちのめされていた。
バッドエンド4
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