でも正直言うと、翼ともっと一緒にいたい!
「俺は、翼とゆっくり話をしたいな」
酔っぱらいの我侭で、思ってることをそのまま口に出してしまった。言ってしまってから、これでは岬を避けているようで失礼だと気付き、若林は慌てて詫びた。すると岬は気にしてないから大丈夫、と笑顔を返してくれた。
ホテルに着くと、岬は二人に手を振りながら自室へ戻っていった。若林も翼の肩を借りながら、翼が泊まっている部屋に足を踏み入れる。選手用に取ってある部屋は全てツインルームなので、翼の部屋にも誰か同室者がいる筈なのだが、二人が部屋に入った時部屋は無人だった。翼のルームメートが誰なのか知らないが、若林たち同様に飲みに出掛けてまだ戻ってきていないのだろう。
「若林くん、疲れてるだろうからベッドに寝てなよ。俺、水持ってくるから」
「ああ、悪いな。頼むよ」
若林は翼の厚意に甘える事にして、二つ並んだシングルベッドのひとつに近寄ると、その上にゴロリと横になった。
「若林くん、はい」
「おう、サンキュ」
若林は身体を起こすとコップを受け取り、水を飲んだ。酔っ払って火照った身体には、冷たい水がとても美味しく感じられた。翼はデスクの傍にあった椅子を、若林の寝そべったベッドの横に持ってきた。それに腰掛けるとベッドの上の若林の方を向き、若林に話し掛ける。
「若林くん、今はどう? 気分悪くない?」
「ああ、大丈夫。起き上がるとちょっとフラフラするけど、こうして寝そべってれば平気だし」
「そっか。 それなら良かった」
ニコッと笑いかけられて、若林は動悸を覚える。
(やっぱり、まだ具合が悪いのかな。妙にドキドキする・・・)
「でも、このままだと話難いね。若林くんは寝そべってて、俺はその横に椅子に座ってて・・・って、何だか病院にお見舞いに来たみたいだ」
翼の言葉に、若林はそれもそうかと身体を起こしかける。すると翼が、若林の身体を制した。
「いいよいいよ、そのまま寝てて。俺がそっちに行くから」
「え?」
戸惑う若林をベッドの端に寄らせると、翼は自分もベッドに上がり、若林の横に寝そべった。
「ほら、これでいいよ。俺も寝そべってる方が楽だし」
「ちょっと狭くねぇか?」
若林が苦笑する。大の男がシングルベッドに並んで横たわっているのだから、かなり窮屈な感じである。しかし翼は気にしない様子だ。
「そこが面白いんじゃないか。修学旅行の雑魚寝みたいでさ!」
若林にしても、横に寝ているのが仲のいい翼なら窮屈さなど気にならない、というのが本音だった。二人は同じベッドに向かい合わせに寝そべって、あれこれ雑談を始めた。
そうして他愛のないお喋りを続けるうちに、翼がこんな事を言い出した。
「若林くん、さっき・・・岬くんに『俺は、翼とゆっくり話をしたい』って言っただろ」
「ああ。あれは失言だった。岬は気にしない、って言ってくれたけどマズかったよな」
若林が悔恨の表情を浮かべる。
「うん。でも、俺はちょっと嬉しかったよ。若林くんが、岬くんより俺を選んでくれた!って感じで」
翼はそう言うと、手を伸ばし若林の手を取った。急に翼に手を握られ、若林はほのかな嬉しさと共に戸惑いを抱く。
「俺、独占欲とか強いのかなぁ。皆大事な友達であり、仲間なんだから、順番をつけるなんて馬鹿馬鹿しいって判ってるんだけど・・・若林くんには翼が一番、みたいに思ってて貰いたいんだ」
「翼・・・」
若林は翼の手を力強く握り返した。
「心配すんなって。翼は、初めて出会ったガキの頃から、俺の中でずっと一番だから・・・」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
若林の返事を聞き、翼が嬉しそうに顔を綻ばせた。そして若林の上に覆い被さるように抱きついてきたので、若林は動揺する。しかし翼の身体を押しのける気にもなれなくて、若林は翼の身体にそっと腕を回した。
「よかったぁ〜。俺、若林くんの事、大好きだからさ。一番って言って貰えて、すごく嬉しいよ」
楽しそうに耳元で囁かれ、若林は自分もだと頷き返した。
(でも・・・なんか、これって・・・妙なムードじゃないか・・・?)
男二人がひとつのベッドの上で抱き合って寝ているなんて、どう考えても普通の状態じゃない。翼の事は本当に好きだけれど、このままでいていいのだろうか・・・?
もちろん、このままでいい。
取り敢えず、この部屋からは出る。