そういえば、俺も岬とはあまり話してなかったな・・・
「俺は、岬とゆっくり話をしたいな」
酔っぱらいの我侭で、思いついた事をそのまま口に出してしまった。言ってしまってから、これでは翼が気分を害するのではと気付き、若林は慌てて詫びの言葉を述べる。すると翼は堅苦しい若林をからかうように、おどけた口調で大袈裟に怒った振りをして見せた。
「ひどい〜! 若林くん、つめたいなぁ〜!」
「ごめんね、翼くん。でも、若林くんは僕と話したいんだって!」
岬が調子を合わせて、ニコニコと若林と腕を組んで見せた。まるで小さい子供のようなやりとりをして見せる二人に、若林は思わず吹きだした。
ホテルに着くと、翼は二人に手を振りながら自分の部屋へと引き上げて行った。若林は岬と腕を組んだまま、岬が泊まっている部屋へと入り込む。選手用に取ってある部屋は全てツインルームなので、岬の部屋にも誰か同室者がいる筈なのだが、二人が部屋に入った時部屋は無人だった。岬のルームメートが誰なのか知らないが、若林たち同様に飲みに出掛けてまだ戻ってきていないのだろう。
「若林くん、椅子に座ってなよ」
岬に言われるままに、若林は目に付いた椅子に腰を下ろす。背もたれと肘掛がついているので、ゆったりともたれ掛かる事ができた。椅子の上でのびのびとくつろいでいると、岬が気を利かせて水を持ってきてくれた。
「若林くん、はい」
「お、悪いな。ありがとう」
若林はコップを受け取り、水を飲んだ。酔っ払って火照った身体には、冷たい水がとても美味しく感じられた。岬は、若林の向かいに置かれているもう一脚の椅子に腰を下ろした。周りに人がいない気楽さで、二人はあれこれと雑談に花を咲かせる。どちらも飲んでいるので、普段より饒舌になっていた。
話に区切りがついて、ふと会話が途切れた時に岬が言った。
「でも、うれしいなぁ。こうやって若林くんとゆっくり話が出来て」
「俺もだ。さっきの店だと、岬とは席が離れてたしなぁ」
「それは、若林くんがさっさと翼くんの隣に座っちゃったからじゃないか〜。最初の店でも、若林くんは翼くんの隣だったし。二軒目の店では僕の隣に来て欲しかったなぁ」
岬が思い出したように、若林を責め始めた。といっても、その口調は朗らかで本気で怒ってるわけではないのが判る。若林は苦笑いしながら、素直に岬に詫びた。
「悪い。酔ってたし、そういうのあんまり気にしないもんで」
「うん、もういいよ。こうやって、翼くんのとこじゃなくて、僕の部屋に来てくれたから許してあげる」
そう言うと岬は、若林にニッコリと笑いかけた。
その後も岬はあれこれと楽しい話題を振ってくれたが、若林の方は酔いが残っているのか段々眠くなってきてしまった。せっかく岬が声を掛けてくれているのに、もう相槌程度にしか言葉が返せない。若林は、半分眠りに落ちかけて朦朧としている意識の中で考えた。
(これから、どうしようかな・・・)
気持ちいいので、このまま寝てしまう。
口実をつけて、この部屋から出る。