「ずっと、あそこにいても良かったなぁ」
楽しかった飲み会のひと時を思い返し、若林が名残惜しそうに言った。ドイツ暮らしの長い若林には、日本の皆と一緒に遊ぶ機会など殆どない。今回のように日本の仲間が揃ってドイツに来てくれたのは、若林にとって実に有難い事だった。だが、明日には遠征チームは解散し彼らはドイツから去ってしまう。一緒に過ごせるのは今日が最後だったのだから、もっと長居をしてもよかったかも・・・と若林は思ったのだった。
ところが、この若林が口にした何気ない一言に、シュナイダーは顔を曇らせた。
「若林、日本に帰りたくなったのか?」
「え?」
予期せぬ質問に、若林は少々驚く。それから若林は腕組みをすると、さも考え事をしているようなポーズを取ってみせた。そしてわざとニヤニヤ笑いをしながら、シュナイダーにこう言った。
「うーん、そうだなぁ・・・俺もこっちに来て長いし、和食も恋しくなってきたし。うん、そろそろ日本に帰ってもいいな」
もちろん本気ではない。若林は今のチームにも、ドイツの生活にも満足している。日本の仲間には滅多に会えないが、恋人のシュナイダーとは毎日でも会える。この素晴らしい環境を手放す気は、若林にはさらさら無かった。日本に帰ろうかと言ったのは冗談であり、当然シュナイダーにも冗談は通じていると思った。ところが・・・
「・・・それ、本気で言ってるのか?」
真面目な口調で聞き返されて、若林は焦った。まさか本気に思われるとは、露ほども思っていなかったのだ。シュナイダーには、酔った若林が普段隠している本音をつい漏らしてしまった、とでも受け取られてしまったのだろうか。
(さっきの事といい、何だか今日は話が噛み合わないなぁ)
若林はシュナイダーにどう接したらよいのか、考えた。
とりあえず謝る。
ひたすら謝る。
謝らない。