若林は居並ぶメンバーの顔を見比べながら、この後は誰と一緒に飲もうかと考えた。仲のいい翼か、古い付き合いの石崎か、それとも井沢たちか・・・。
だが、ここにいるメンバーとは、全員今の店で楽しく酒を酌み交わしている。若林は、ここにはいないある人物の事を思い浮かべた。
(どうせ飲み直すのなら・・・)
店を出ると、既に気の合った者同士が集まって、二次会に行くグループを作り始めていた。その内の何人かが若林にも声を掛けてくれたが、若林はそれを丁重に断ると一人歩き始めた。
若林は遠征チームが宿泊しているホテルに足を運んでいた。そして監督の見上が泊まっている部屋の前まで来ると、力強くドアをノックする。すぐに中からドアが開けられ、見上が姿を見せた。見上は、まだ酔いが醒めずに赤い顔をした若林が立っているのを見て、驚いたように言った。
「どうした、源三。打ち上げで飲みに行ったんじゃないのか?」
「ええ。さっきまで皆で飲んでました。それがお開きになったんで、今度は監督と飲もうと思いまして」
若林はここに来る途中で調達してきたビールと、つまみの入った袋を見せながら、見上に笑いかけた。若林の人懐こい笑顔を見て、見上もつられるように笑みを見せた。
「そうだったのか。まぁ、とにかく入れ」
「お邪魔します」
見上に勧められるままに、若林は部屋に入った。そしてすぐにビールとつまみをテーブルに並べ、ささやかな酒宴の用意をする。ビールを見上に手渡しながら、若林が頭を下げる。
「見上監督、どうもお疲れさまでした!」
「ああ、ありがとう。まぁ、そう堅苦しくするな。ここには他の者はおらんしな」
ビールを受け取った見上に親しみの籠った声で言われ、若林は頷いた。
子供の頃は専属コーチとして面倒を見て貰った旧知の仲であるから、若林は他の選手達よりも見上と親しい。見上にしても、若林は自分が育てた秘蔵っ子であるから、若林がこんな風に出向いてくれたのは実に嬉しい事だった。
くつろいだ気分で楽しく語り合っているうちに、それほど酒に強くない若林は段々眠くなってきてしまった。若林の瞼が重くなってきているのに気付いた見上が、若林に声を掛ける。
「源三、眠そうだな。大丈夫か?」
「そうですね。俺はもう帰ります」
「そうですね。俺はもう帰って寝ます」
「そうですね。俺はもうここで寝ます」
「そうですね。俺はもう駄目です」