は はんそくだけど

 シュナイダーは気が気ではなかった。
 来たるフランス国際Jr.ユース大会に出場する為、若林の母国日本から代表チームが遠征してきたのだ。
 全日本Jr.ユースチームは、本大会までの間に ヨーロッパ各地のJr.ユースチームと練習試合をする事になっていた。その初戦の相手は、シュナイダーと若林が所属するハンブルクJr.ユースである。
 この試合には、若林 はハンブルク側の選手として出場した。だがそれ以降の遠征試合には、全日本の選手として参加する、と言って全日本チームに合流してしまった。
 これは何も急に決まった事ではなく、若林からあらかじめ聞いていた話である。ゆえにシュナイダーも納得していた筈だった。
 しかし・・・・・・
 対全日本との試合中に、若林が見せた態度。三年ぶりにかつての仲間に会うのだから、嬉しいのは判る。だが、ある選手が試合の途中で顔を見せたときの、若林の喜びようは尋常ではなかった。
 その選手とは、オオゾラ・ツバサ。
 若林が事ある毎に話題にし、どんな凄いプレイヤーなのかを我が事のように自慢していた、あのオオゾラ・ツバサである。どういう事情なのか、そのツバサはハンブルク戦に出てこなかったが、その事を知った若林の怒りは凄まじかった。シュナイダーには日本語は理解出来なかったが、若林がえらい形相で全日本サイドに怒鳴り散らしているので、ツバサの不出場に相当腹を立てていた事は充分伝わった。
 (そんなにツバサと試合がしたかったのか・・・いや、それだけじゃないのかも・・・?)
シュナイダーの胸に不安が芽生えた。
 その数日後、シュナイダーが移籍することになっているバイエルンJr.ユースチームと、全日本が練習試合を行った。シュナイダーはまだ正式に移籍していないため、この試合は観戦していたのだが、ここで初めてツバサのプレイを見る事ができた。
 確かに他の日本人選手とは、一味違う。ボール捌きもスピードも、シュートの威力も日本人とは思えない。サッカーに情熱の全てを傾けている若林が、ツバサに熱を上げるのは当然だった。
 若林。そう、何故かこの試合は、若林がシュナイダーと一緒になって観戦していた。てっきり全日本サイドにいると思った若林が、わざわざ自分と試合を見るために来てくれたのだと思い、シュナイダーは嬉しかった。
 ところが、若林の話す事は、全てツバサのことばかり。確かにツバサは素晴しい選手だが、他の全日本メンバーも調子を上げており、ハンブルク戦のときより全体的に良くなっている。なのに、若林が注目し、話題にするのはツバサだけだった。
 (もしかして、ツバサの自慢をしたいが為に、俺のところに来たのか!?)
若林に合わせてツバサの話題に乗りながら、シュナイダーは不安でたまらなかった。
 三年かけてようやく若林と親しく打ち解け、恋人関係まであと一歩という所まで迫った(と、思う)のに、今の若林は明らかにツバサに夢中である。
 (若林が全日本に合流している間に、ツバサに若林を攫われてしまうのではないか!?)
そう思うと、矢も楯もたまらなかった。シュナイダーはツバサの活躍に釘付けになっている若林に、真面目な口調で話しかけた。
 「若林。話しておきたい事がある」
 「なんだ?」
 「ここでは話せない。二人きりで話したい」
 「重要な事らしいな」
シュナイダーの口調が何やら真剣なので、若林もツバサに向けていた笑顔を引っ込める。
 そしてシュナイダーは、全日本チームが泊まっているホテルの近くの公園で、今夜若林と会う約束を取り付けたのだった。
 
 その日の夜。待ち合わせ場所の公園に一足早く着いたシュナイダーは、辺りを見回してまだ若林が来ていないのを確認した。だが几帳面な若林のことだ、あと数分で姿を見せるだろう。
 シュナイダーはある決意を固めていた。
 このまま若林を全日本に置いておいたら、間違いなくツバサに奪われてしまう。そうなる前に、若林と確乎たる恋人関係を築いておかなければならない。
 そのチャンスは今しかない。
 果たしてコトが上手く運ぶのかどうか、シュナイダーにも確信は持てなかったが、それでもやるしかない。
 「おう、待たせたな」
約束の時間の10分前に若林が姿を見せた。シュナイダーは若林に笑顔を向けた。
 「俺が早く来過ぎたんだ。気にするな」
 「で、話ってのは?」
若林が性急に言った。シュナイダーははぐらかすように応じる。
 「そう慌てるな。ひとまず、このベンチにでも掛けてくれ」
 「あまり、のんびりしていたくないんだ。俺とおまえは、今は敵同士だからな。一緒にいるところを誰かに見られて、余計な詮索をされるのも面倒だ。ただでさえ俺は嫌われているし」
 「嫌われてる?」
そういえば、ハンブルク戦のあと、若林は全日本の選手と殴り合いの喧嘩をしていた。もしかして若林は海外生活が長過ぎて、元の仲間と上手くいってないのだろうか?
 シュナイダーは期待を込めて聞いてみた。
 「ツバサとも、喧嘩してるのか?」
 「翼? いいや。あいつは別さ。あいつとは仲良くやってるよ」
 「・・・・・・そうか(ケッ)」
やはり一刻の猶予もならない。若林が全日本の中で孤立した存在になっているとして、その中でただ一人ツバサが親しく接しているのなら、今より更に若林はツバサになびくだろう。
 「とにかく座ってくれ。立ち話で済ませられるほど、簡単な話じゃないんだ」
 「わかったよ」
若林が傍にあったベンチに座った。シュナイダーもその隣に腰を下ろす。
 そしてシュナイダーは・・・・・・・・・・

 反則だけど、隠し持っていた棍棒で若林を殴った

 反則だけど、下戸の若林に酒入りのドリンクを勧めた

 反則だけど、若林に某ルートで入手した媚薬入りのドリンクを勧めた

 販促だけど、試供品を配った

 反則も販促もしない